
設立の想い
「学校には行きたくない」──息子の涙の訴えに応えられなかった過去
初めて長男が「学校に行きたくない」と口にしたのは、小学校に入学してすぐ、1年生の5月でした。
長男は、笑顔がすてきで人一倍優しい子です。
入学後、段々と笑顔が減っていき、1年生の2学期から登校を嫌がるようになりました。
私も妻も仕事があり、なんとか学校へ行ってもらえないと困るので、無理に背中を押して送り出していました。
そしてついに長男の心は限界を迎えました。
「もう生きていたくない」とつぶやき、涙が止まらなくなりました。
この言葉に、私は胸が潰れるようなショックを受けました。
こんな言葉を口にするまでに長男を追い詰めてしまった。
生まれてからまだ7年しか経っていない愛する我が子に、とんでもないことを言わせてしまった。
私が、長男をここまで追い詰めてしまった。
大変なことをしてしまった。
私は親として失格ではないか。
今も後悔で、そのときの長男の表情は忘れられません。
引きこもりの「負の連鎖」
学校に行かなくなると、長男は家からも出なくなり、家族以外との関わりが失われていきました。
子どもにとって、学校以外の居場所は驚くほど少ないのです。
人と会わないことで、次第に自信を失い、さらに人と関わることが怖くなってしまう──そんな悪循環に陥ってしまう可能性が高くなります(1)。
実際に不登校を経験した子どもは、そうでない子どもに比べて自尊感情が有意に低いことが報告されています(2)。
さらに、不登校期間が長引くほど、コミュニケーションが苦手になる傾向があり、将来的に精神的健康の悪化や人間関係の構築困難、就職活動の苦戦、そして幸福度の低下につながる可能性があることが様々な研究から明らかにされています(3)。
長男もまさにそのような負の連鎖に陥りつつありました。
十分な支援を受けられない現実──私の実体験から
状況を改善するために、私は必死であらゆる支援を探しました。しかし現実は厳しいものでした。
まず学校は、そもそも拒否感が強く登校することができなかったため、別室登校などの選択肢も取ることができませんでした。
先生方も目の前の子どもたちに手一杯で、不登校の児童までサポートできるような体制・仕組みでは現状ありません。
義務教育という制度は、あくまで「学校に来ることができる子ども」を対象とした制度に他ならないのです。
次に自治体の教育相談を訪ねましたが、相談員の方からは「学校へ相談を」「医療機関の受診も」「少し様子を見ましょう」という回答で、すぐに希望を見出すことはなかなかできませんでした。
並行して児童精神科を探しましたが、初診の予約はほぼ受け付けていないところや、半年待ちのところがほとんどでした。
ようやく半年後に受診し、「自閉スペクトラム症(ASD)」と診断が出たことで、長男の困り感を少し理解できた安堵感がありました。
ただ、その後の具体的な支援につながることは難しく、「不登校は長期戦を覚悟して焦らないように」ということでした。
これらの体験を通して、私は「不登校の子どもたちに対する本当に必要な支援が不足している」という現実を痛感しました。
たどり着いた答え:「人とのつながり」が人生を支える
光が見えない焦りの中で、私は世界中の文献や研究を徹底的に調べました。
そんな中で出会ったのが、ハーバード大学の成人発達研究(Harvard Study of Adult Development)でした。
この研究は1938年に始まり、80年以上にわたって724人の人生を詳細に追跡調査しています。その結果わかったのは、人生の幸福感や健康状態に最も大きな影響を与えるのは「お金」や「名誉」ではなく、「良質な人間関係」であるということでした。人間関係の質が高いほど、身体的にも精神的にも健康で、長寿である傾向が明らかになっています。
▶︎ ハーバード大学成人発達研究(TED Talk)
▶︎ ハーバード成人発達研究
これを知ったとき、「長男に一番必要なのは、『人との良質なつながり』なのではないか」と確信しました。この確信が、支援方法を模索する新たな道しるべとなりました。
この子に必要なのは、「話す練習」じゃない
息子への有効な支援を探しているうちに、私は現代の療育方法に疑問を抱くようになりました。
多くの療育プログラムは、「話す練習」や「行動の改善」など、スキルの獲得や表面的な行動の改善に重点を置いています。その多くが「話す練習」や「表面的な行動」に焦点を当てています。
一方で、息子の姿を見ていると、彼は話し方や会話方法を知らないわけではないと感じました。
ただ、家族以外との人との関係性に不安があり、特定の状況で「話せなくなってしまう」のです。
実際に、近年の研究において、行動面だけに焦点を当てた療育方法は、社会的・情緒的な問題の本質を解決しないことが指摘されています(4)。
特に、応用行動分析(ABA)に基づくアプローチは、長年にわたり自閉症スペクトラム障害(ASD)の子どもたちへの支援として広く用いられてきました。しかし、近年ではその限界や課題が指摘され、より個々のニーズに応じた支援の重要性が高まっています(5)。
つまり、「どう話すか」ではなく、「誰と、どのような関係性で話すか」という関係性そのものが本質的であることに気づきました。
ようやく見つけた希望──DIR、RDI、CBTとの出会い
そんな時、私は以下の3つの理論と出会いました。それぞれが、従来の療育方法とは異なり、子どもと周囲の人間関係や内面の情緒的安定を重視するものでした。
① DIR/Floortime
DIRは、「発達段階(Developmental)、個人差(Individual Difference)、相互関係(Relationship-based)」の略で、自閉症スペクトラム(ASD)の療育プログラムです。Floortimeとは、DIR のなかで用いられている手法の一つです。具体的には、子ども一人ひとりの個性や発達段階を重視し、遊びや対話を通じて相互関係を築くことで、感情的な交流を通じて社会性を育みます。多くの調査研究において、DIRアプローチが子どもの社会的な相互作用を改善し、自閉症の症状緩和に効果的であると報告されています。
▶︎参考リンク:DIRの研究成果 https://www.icdl.com/research
② RDI(対人関係発達指導法)
RDIは、「Relationship(相互関係) Developmental(発達段階) Intervention(介入・援助)」の略称で、親子の関係性を基礎として社会的コミュニケーションや情緒的な調整能力を育てる方法です。研究によると、RDIを実施した子どもたちは、社会的な問題への対応能力が向上し、自閉症の診断基準を下回るほど改善するケースも報告されています。
▶︎参考リンク:RDIの研究成果 https://www.rdiconnect.com/rdi-research/
③ CBT(認知行動療法)
CBTは「Cognitive(認知的) Behavior(行動) Therapy(療法)」の略称で、自分自身の思考や行動パターンを認識・修正することを通じて、感情や行動を改善します。2023年のメタ分析では、CBTが特に自閉症児の不安や社会的困難の軽減に有効であることが示されています。
▶︎参考リンク:CBTの研究成果 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37802322/
広く用いられていた認知論的アプローチに加え、新たな発達論的アプローチを学ぶことで、私は強く確信しました。「子どもが安心して人とつながれる土台を作ること、表面的な行動ではなく、本質的な心理面の発達にフォーカスすることが、すべての支援の出発点である」と。
しかし、日本国内では、こうした理論に基づく実践的な支援を受けられる場がほとんどありませんでした。
医療でも、療育でもない、新しい場所をつくる
そこで私は、医療機関でも学校でも療育機関でもない、新しい場所を作ることを決意しました。
それが「リレーションシップスクール ようへん」です。
ようへん では、DIR、RDI、CBTの理論を統合した独自の支援メソッド【4 Lanterns】をベースに、「人とのつながり」と「自己表現」を同時に育む【リレートフル・プログラム】を独自に開発し実践しています。
私たちの目標は、子どもたちの行動を変えることではなく、「話すことが苦手な子どもたちが、安心して人と関わり、『話したい』という気持ちを自然に育てられる場所」を作ることです。
そして、「コミュニケーションが苦手な子どもたちが、生き生きと輝く社会を創っていく」ことです。
「この子のままでいい」と思える場所を
私が長男との経験から学んだのは、子どもに一番必要なのは「安心感」と「関わり合い」だということでした。話せなくても、目をそらしても、そのままの姿を受け入れ、「この子はこの子のままでいい」と感じられる場所こそが支援の出発点だと確信しています。
そして今、私たちはこう信じています。
コミュニケーションが苦手な子どもたちは、とても感受性豊かで、大きな可能性を秘めています。
だからこそ、その子らしさを大切にしながら、人とつながる喜びを感じられる環境を届けたいのです。
リレーションシップスクールようへんが、そんな子どもたち一人ひとりの光を育み、その輝きが社会全体に広がっていく──そんな未来を、私たちは本気で信じて、目指しています。
リレーションシップスクールようへんが、同じような悩みを抱えるご家族にとって、希望の場所になることを心から願っています。
リレーションシップスクール ようへん
代表 並木 真人
参考文献
- Rubin, K. H., Bowker, J. C., & Gazelle, H. (2010). Social withdrawal in childhood and adolescence: Peer relationships and social competence. In K. H. Rubin & R. J. Coplan (Eds.), The development of shyness and social withdrawal in childhood and adolescence (pp. 131–156). Guilford Press. https://www.researchgate.net/publication/261722217
西村勇人(2013).長期不登校児への認知行動療法的介入.行動療法研究, 39(1), 45–54.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjbt/39/1/39_KJ00008636050/_pdf
(Nishimura, H. (2013). A cognitive behavioral therapeutic intervention for children with long-term school refusal. Japanese Journal of Behavior Therapy, 39(1), 45–54.)⏎ - 伊藤美奈子・小澤昌之・安田崇子・星野千恵子・福智直美・近兼路子・原聡・鶴岡舞(2013).不登校経験者の不登校をめぐる意識とその予後との関連:通信制高校に通う生徒を対象とした調査から.慶應義塾大学大学院社会学研究科紀要:社会学・心理学・教育学―人間と社会の探究―, 75, 15–30. https://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/detail.php?koara_id=AN0006957X-00000075-0015
Ito, M., Ozawa, M., Yasuda, T., Hoshino, C., Fukuchi, N., Chikakane, M., Hara, S., & Tsuruoka, M. (2013). Association between the consciousness of students who have experienced nonattendance and their prognosis: Focusing on a questionnaire survey of correspondence high school students. Studies in Sociology, Psychology and Education: Inquiries into Humans and Societies, Graduate School of Human Relations, Keio University, 75, 15–30. ⏎ - Rubin, K. H., Bowker, J. C., & Gazelle, H. (2010). Social withdrawal in childhood and adolescence: Peer relationships and social competence. In K. H. Rubin & R. J. Coplan (Eds.), The development of shyness and social withdrawal in childhood and adolescence (pp. 131–156). Guilford Press. https://www.researchgate.net/publication/261722217
西村勇人(2013).長期不登校児への認知行動療法的介入.行動療法研究, 39(1), 45–54. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjbt/39/1/39_KJ00008636050/_pdf
Nishimura, H. (2013). A cognitive behavioral therapeutic intervention for children with long-term school refusal. Japanese Journal of Behavior Therapy, 39(1), 45–54. ⏎ - Du, G., Guo, Y., & Xu, W. (2024). The effectiveness of applied behavior analysis program training on enhancing autistic children’s emotional-social skills. BMC Psychology, 12, Article 568. https://bmcpsychology.biomedcentral.com/articles/10.1186/s40359-024-02045-5 ⏎
- Du, G., Guo, Y., & Xu, W. (2024). The effectiveness of applied behavior analysis program training on enhancing autistic children’s emotional-social skills. BMC Psychology, 12, Article 568. https://bmcpsychology.biomedcentral.com/articles/10.1186/s40359-024-02045-5
参考情報:
「The Controversy Around ABA – Child Mind Institute」Child Mind Institute
「The Argument Over a Long-Standing Autism Intervention – The New Yorker」The New Yorker ⏎